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吉田松陰の勉強会に参加してきました!

今週の月曜日から火曜日にかけて山口県萩市で行われた「吉田松陰」の勉強会に参加してきました。


吉田松陰といえばご存知の方も数多くいらっしゃることと思いますが、幕末から明治にかけて活躍した多くの人物を輩出した長州藩の松下村塾を主宰したことで有名ですね。


とは言っても彼が実際に教鞭を取ったのはわずか1年1ヵ月のみ。


その間に高杉晋作をはじめ、久坂玄瑞伊藤博文山県有朋などの多くの若者に影響を与えました。


今回から数回にわたって彼の教育について書いてみたいと思います。


さて、松蔭を語る上で彼がどのような環境で育ったのか、いや何故あの頃長州から数多くの志士が輩出されたのか。その歴史について知る必要がありますね。


毛利氏が1600年に起こった関ヶ原の戦いで西軍の総大将だったことはあまり知られていませんね。


徳川家康vs石田三成の構図があまりにも有名すぎて仕方がないんですが…。三成は人望がなかったため西国の大大名である毛利氏を味方につけて求心力を得ようとしたようです。


しかし、いざ戦となると毛利氏は動かなかった。そう、家康との間で密約が交わされていたと言われています。


そして東軍の大勝利。しかし徳川家康は毛利の力を恐れて120万石から37万石に減封し、城下も当時沼地だった萩に押し込めてしまいます。


それ以来「徳川憎し」の風潮が生まれ、以後260年間新年の殿様と家老の挨拶は


「東の儀、いかがいたしましょう?」、


「時期にあらず」という会話を続けたようです。


つまり、長州藩自体に「いつかは天下を…」とか徳川家に対する積年の恨みがあったようです。


それだけに人材育成という面にかなりの力を入れたようです。


そのような中で立てられてのが「明倫館」。


次回はこの藩校について述べてみたいと思います。


1個別指導部・高校部統括部長 森迫 哲也

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